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広島地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決

原告

脇本哲司

右訴訟代理人弁護士

原田香留夫

恵木尚

島崎正幸

被告

西条税務署長

川尻一義

右指定代理人

馬場久枝

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五六年一月二六日付でなした原告の昭和五五年五月一二日付昭和五四年分所得税の更正の請求に対する棄却決定は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件処分)

(一) 原告は脇本金属工業という名称で製鉛業を営んでいる者であるが、被告に対して昭和五五年三月一五日別表(一)記載の通り昭和五四年分の右事業所得金額一五六九万七四四九円として同年分の所得税の確定申告をした。

(二) しかし、その後昭和五五年五月一二日に被告に対し、原告は右事業所得金額の計算上、事業賃金二五三二万二三七九円を横領されていたにかかわらず、これを必要経費に算入していなかつたもの、として、右昭和五四年分所得税の更正の請求書を提出したところ、被告は昭和五六年一月二六日に右請求に対し更正すべき理由がないとの理由で棄却する旨の決定(以下「本件処分」という)をなし、同日原告に通知した。

2  (異議申立て、審査請求)

原告は右決定を不服として昭和五六年一月二九日被告に対して異議申立てをしたが、被告は同年四月二四日これを棄却した。さらに、原告は同年五月六日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、広島国税不服審判所長は同年一〇月一九日付でこれを棄却する旨の同月一四日付裁決書謄本を送付した。

3  (本件処分の違法性)

しかし、本件処分には以下のような違法事由がある。

(一) 原告は、脇本金属工業の元従業員で経理を担当していた原告の実兄訴外脇本祐之介(以下「祐之介」という)により昭和五四年中において少なくとも右事業資金二二九一万七三四一円を横領された。その内訳は次の通りである。

(1) 祐之介は、小切手により横領した金額を帳簿に記載せず、従つて帳簿上当座預金残高を架空に過大のまま放置していたもので、その合計金一一五二万二三七九円である。

小切手の振出は原告か祐之介によりなされていたもので、原告が振出していない以上、祐之介が振出したものとしか考えられず、祐之介は右により当座預金から事業資金を引出して横領したものと考えられる。

(2) 祐之介は、横領した金額を帳簿上他への貸付金として仮装記帳していたもので、その合計金一一三九万四九六二円である。

これは帳簿上訴外中国サビリア等に貸付けた形式をとつているが、これは現実に貸付けたというのではなく、そのような形式をとりつくろつただけであつて、実際には祐之介が横領したものである。

(二) なお、原告は、右横領により祐之介に対し、理論上はこれと同時に横領金相当額の損害賠償請求権を取得することになるが、昭和五四年末当時において、以下のような祐之介の資産、負債等の支払能力に関する諸事情からして、右損害賠償請求権の実現は既に不能であることが明白な状態であつた。

(1) 祐之介は、昭和五四年末当時において、明確になつているものだけでも左の通りの債務を負担していた。

〈編注・左表参照〉

借入先

借入年月日

当初借入額(円)

昭和五四年末の残額

(元金のみ、円)

① 呉信用金庫黒瀬支店

五二・七・一九

一五〇〇円

約一五〇〇万

② 国民金融公庫広島支店

五四・二・二八

五〇〇万

約三七〇万

③ 信用組合広島商銀呉支店

五四・七・一六

一八〇〇万

約一五〇〇万

④ 日本債券信用銀行広島支店

五四・七・三〇

二〇〇〇万

二〇〇〇万

⑤ 右同

五四・九・六

六〇〇〇万

六〇〇〇万

⑥ 山木盛親

五四・八ころ

四〇〇〇万

四〇〇〇万

⑦ 国民金融公庫広島支店

五三・一〇・六

五〇〇万

約二七〇万

⑧ 信用組合広島商銀呉支店

五四・一〇・一五

五〇〇万

約五〇〇万

以上を合計すると約一億六一四〇万円となる。

なお、祐之介は右④⑤の借入金八〇〇〇万円のうち三三三四万円を呉信用金庫等の借金返済にあて、三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円を訴外藤井重子に高利で貸付けているが、この貸付金が昭和五四年中に返済される目途は全くなく、現に返済されてなく、従つて右八〇〇〇万円は昭和五四年末にほとんど手許に残つていなかつた。

(2) これに対し、当時祐之介の資産としては、左記のような土地三筆(但し左記①記載の土地は原告との共有で祐之介の持分は二分の一)、建物一棟(その当時の時価合計約二〇〇〇万円、以下土地及び建物は地番及び家屋の番号のみにて表示する)、及び原告に対する立替払金の求償債権約九〇〇万円(祐之介は前項⑤の借入金のうち一部を原告の従前の借入金の返済にあてているが、原告の従前の借入金のうち真に原告の借入金と認められるのは、せいぜい別表(二)の1の借入金の二分の一と別表(二)の6の借入金のみであり、これらに対する右立替払金の求償債権である)を有するのみであつた。

①所在 賀茂郡黒瀬町大字宗近柳国字下モ原

地番 一二三番四二

地目 雑種地

地積 四九〇平方メートル

②所在 同郡同町大字同字溝手七三四番地

家屋番号 七三四番

種類 居 宅

構造 木造スレート葺二階建

床面積

一階 九五・二三平方メートル

二階 三二・二九平方メートル

③所在 同郡同町大字同字同

地番 七三三番

地目 宅 地

地積 一六四平方メートル

④所在 同 所

地番 七三四番

地目 宅 地

地積 七〇一平方メートル

(3) そのうえ、祐之介は、昭和五四年中に支払うべき物品税の支払ができなかつたため、広島西税務署により昭和五五年五月一二日に同人と原告との共有である一二三番四二の土地の祐之介の持分二分の一の差押処分を受け、更に昭和五五年六月二七日に同人所有の家屋番号七三四番の建物の差押処分を受け、その他更に、祐之介は、昭和五四年末には国民健康保険税、町県民税、燃料代、冷蔵庫、洗濯機の代金も支払えない状態であり、また、祐之介が負担していた連帯保証債務の履行もできなかつたため、脇本常登が担保として提供していた株券も昭和五五年一月三〇日他に売却される状況であつた。

(三) 従つて、前記横領された金額は、昭和五四年分の事業所得の金額の計算上必要経費の額に算入すべきものであり、仮に必要経費に当らないとしても雑損控除の対象として昭和五四年分の総所得金額から控除すべきものである。しかるに、被告は右横領された金額は事業所得の金額の計算上必要経費に該当せず、また雑損控除の対象にもならないとして、原告の更正の請求を棄却したのは違法である。

よつて、原告は、被告が原告に対してなした本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3の事実中、原告が祐之介に昭和五四年中において、事業資金二二九一万七三四一円を横領されたとの事実は知らず、その余は争う。

2  主張

(一) 立証責任について

本訴は、原告の昭和五四年分所得税の確定申告書に記載された事業所得の金額ないしは所得税額について、祐之介による原告の事業資金の横領等を理由として、これらの減額を求めて原告から提出された所得税の更正の請求につき、被告がなした更正をすべき理由がない旨の本件処分の取消しを求めるものであるが、その実質は、右確定申告書に既に記載された所得金額ないし所得税額の減額を求めるものである。たしかに、税務訴訟においては、原則として、被告課税庁側に立証責任があるとされてはいるが、しかし、例外として、個々の税法の解釈上、原告納税者欄に立証責任を負担させなければならない場合もある。すなわち、原告は本訴において祐之介による横領行為を昭和五四年分の必要経費ないし横領の発生事由と主張しているのであるから、このような税額の特別な減額事由を主張するためには、その適用を求める者、つまり原告側が自ら右事由を立証しなければならないものと解され、そしてまた、本件のように、納税者である原告が一旦確定申告書を提出した以上、その申告書記載の所得金額が真実の所得金額と異なる旨主張するような場合には、原告において、右申告にかかる所得金額が真実の所得金額と異なることの立証責任を負担するものと解すべきである。

このように、本件においては、原告において、祐之介による原告の事業資金の横領事実を立証すべきとともに、仮に右事実が立証されたとしても、更に、昭和五四年末現在において祐之介に支払能力がなく、右横領によつて発生した原告の祐之介に対する損害賠償請求権が実現不能の状態になつていることも立証すべきで、これらの立証がない限り、原告の主張事実は認定されるべきではない。〈以下、省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件処分の違法性(請求原因3)について以下判断する。

1 まず、本件の立証責任について考えてみるに、たしかに、税務訴訟においては、一般に、収入金額のみならず、必要経費(損失を含む)の存在についても被告課税庁側に立証責任があるものと解されている。しかし、本件は、納税者である原告が、昭和五四年分の確定申告書(青色)を一旦被告課税庁に提出した後に、右年度内に祐之介の横領による損失の発生があつたとして、右申告所得税の減額更正を求める事案であつて、このように、納税者が一旦確定申告をした後に、その申告書記載の事実が誤つていたとして、右記載と異なる事実を主張し右申告税額の減額を求めるような場合は、右異なる事実を主張する納税者原告側に右主張事実、つまり祐之介の横領の事実を立証すべき責任があるものと解するのが相当である。

そして、一般に、横領(不法行為)による損失が発生した場合には、同時に納税者から横領行為者に対し損害賠償請求権が発生するから、右横領による損失は、右損害賠償請求権が回収不能、つまり貸倒れとなつたときに、その属する年度の損失として確定するものと解されるところ、このように解した場合には、右損害賠償請求権の貸倒れの事実は、一旦発生した納税者側の収入金額の消滅事由に該当するものでありこのような事実についても、納税者である原告側に立証責任があるものと解するのが相当である。

そこで、これらの考えを前提に、以下右原告の主張事実について順次検討してみることとする。

2  まず、原告は、祐之介が横領した金額を帳簿に記載せず、帳簿上当座預金残高を架空に過大のまま放置していたものが合計金一一五二万二三七九円存在すると主張するので、これについて検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 原告は昭和四四年頃から脇本金属工業という名称で製鉛業を始め、原告が事業主ではあつたが右技術担当ということで経理関係に全く暗かつたため、当初頃から実兄(元銀行員)祐之介に右従業員として右帳簿の記帳その他経理関係のほぼ一切を任せていた。そして、原告の当座取引等の主な取引銀行は呉信用金庫黒瀬支店(以下「呉信黒瀬支店という)であつた。

(2) 昭和五四年四月一六日、支払人呉信黒瀬支店で、振出人として原告の記名捺印(印影が原告の印章によるものであることは争いがない)のある額面三〇〇万円の小切手(小切手番号〇五九三三)が振出され、翌日原告の記名捺印によつて同行の当座預金口座から右三〇〇万円が引出されているほか、同年六月一日に額面二〇〇万円の前同小切手(小切手番号〇八四〇三)、同年七月七日に額面五〇万円の前同小切手(小切手番号〇八四四五)、同年一一月一四日に額面五五〇万円の前同小切手(小切手番号〇四二八〇)が振出された後、いずれも右振出同日に前同様に引出されている。しかし、右四通の合計一一〇〇万円の小切手の振出による支払については原告の帳簿(出納帳)には記載されていない。

(3) 原告の昭和五四年分所得税青色申告決算書中資産負債調(貸借対照表)の記載によれば、昭和五四年一二月三一日現在の原告当座預金残高は一三一八万六一六〇円とされているが、呉信黒瀬支店長作成の右残高証明書によれば原告の昭和五四年一二月三一日現在の当座預金残高は一六六万三七八一円とされており、また同行の当座勧定元帳には前記四通の小切手による出金の記載がある。

(4) 昭和五四年当時、脇本金属工業において振出人原告名義の小切手を振出すのは、主に祐之介であつたが、同人以外の原告及び脇本常登(原告及び祐之介のおじで、原告の開業当初その貸金援助をした)が行うこともあつた。当時、脇本金属工業の営業関係の支払はほとんど小切手でなされており(一か月に四〇通近い小切手が振出されている)、祐之介が原告名義の小切手を振出す場合、原告に相談なくすることもあつた。また、脇本金属工業の金員の借入手続一切祐之介に任され、帳簿関係の記帳もすべて祐之介により事務所でなされ、祐之介において原告の実印、記名印を右事務所の机に保管管理し、原告は右記帳につき祐之介に指示したことはなく、年に五、六回右帳簿に目を通す程度であつた。そしてまた、原告の税務申告は、祐之介において右帳簿を税理士のところへ持参し、これに基づき同税理士によつてなされていたが、これらのことは昭和五四年分所得税の申告まで祐之介に任されていた。

(二)  右各認定事実からして考えてみると、たしかに、祐之介が原告の記名捺印により前記四通の小切手額面合計一一〇〇万円を原告の具体的な了承なしに振出し、かつ、引出した可能性もあり、そしてその際右各小切手の振出関係を原告の帳簿に記載しなかつた事実がうかがわれ、これらからすると、祐之介の右小切手金の横領の疑いがないとはいえない。

そして、右横領の関係につき、証人脇本常登の証言、原告本人尋問の結果中には祐之介が横領したとの供述もある。

しかし、右各供述も、原告からそのように聞いたから、とか、原告がそれらの小切手を振出していないからといつたもので、右横領に関する客観的な根拠に基づくものではなく、右帳簿に記載のないことなどからする推測の域を出ないものといわざるを得ない。

そのうえ、前記各認定の祐之介の当時の経理事務の担当状況からすると、原告は、脇本金属工業の小切手の振出、営業関係の支払、借入れ等ほとんどすべての経理関係の事務を祐之介に任せていたもので、実際には右小切手の振出引出しについて個々的にはほとんど原告の承諾を得ていない状況であつたとみれら、前記四通の小切手の振出引出しも、あるいは原告の営業関係の支払いのためのものであつたとみる余地も十分あり、右小切手関係のことが原告の出納帳に記載されていないことも、多くの小切手関係の処理の中で、単なる記帳漏れにすぎないのではないかともみられる。これらのことに、後記認定の当時の脇本金属工業における資金繰りの状況等も加味した場合、祐之介の右横領という事実も未だ疑いの域を出でず、これを証拠上肯定するには至らないものといわざるを得ない。

3  次に、原告は、祐之介が横領した金額を帳簿上貸付金として仮装記帳していたものが合計金一一三九万四九六二円存在すると主張するので、これについて検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(1) 原告名義の呉信黒瀬支店の左記小切手五通(額面金額合計一二三〇万円)が振出され、同振出同日原告名義で同支店から右小切手金が引出されている。

①昭和五四年三月六日(振出日)

五〇〇万円

②  〃  三月一二日( 〃 )

二八〇万円

③  〃  四月一一日( 〃 )

一五〇万円

④  〃  九月一日( 〃 )

二〇〇万円

⑤  〃  九月五日( 〃 )

一〇〇万円

そして、脇本金属工業の帳簿(出納帳)によると、右②を除くその余の小切手金はいずれもその各振出同日中国サビリアに対しそれぞれ支払われ、また、右②の小切手金は訴外藤田耕三郎に支払われたように各記載されている。

(2) 昭和五四年七月三〇日原告名義で日本債券信用銀行広島支店から二〇〇〇万円の借入れがなされ、同金員は翌三一日原告名義の同支店の普通預金口座に入金されているが、同日一〇〇〇万円と八〇〇万円の同銀行保証小切手として振出し引出され、翌八月一日中国サビリアに渡つている。しかし、右小切手については原告の前記帳簿には記載されていない。

(二)  そして、〈証拠〉によると、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 原告は前記帳簿に中国サビリア等に対する支払金として合計一二三〇万円の小切手金が記載されていることを知らなかつたが、昭和五五年三月二四日西条税務署から昭和五四年分所得税第三期分四二七万四一〇〇円が滞納となつていると督促され、驚いて出署し、申告書、決算書のコピーをもらい検討し、右帳簿に記載されている小切手金合計一二三〇万円の支払関係を知り、祐之介は当初借りているというような説明であつたが、原告は、右の中国サビリア等に対する仮装貸付による祐之介の横領と考え、これらを理由に昭和五五年五月一二日被告に対して昭和五四年分所得税の更生の請求書を提出するに至つた。

(2) 祐之介が代表取締役をしている中国サビリアは宝石貴金属の販売を目的とする会社であり、製鉛業を営む脇本金属工業とは営業上の取引関係はない。

(3) また藤田耕三郎も、実在する人間であるが、脇本金属工業との間には営業上の取引関係はない。ただ、昭和五四年四月一七日広島相互銀行西条支店の原告の当座預金口座から三〇〇万円が引き出され、約束手形の第一裏書人藤田工業代表者藤田耕三郎に支払われているようなこともあり、また、原告の前記出納帳には藤田工業ということで前記二八〇万円の小切手金以外の小切手金が支払われたような記載もある。

(4) なお、原告の昭和五四年分所得税青色申告決算書中の貸付金としては期首四八万円であるのに対し、期末は一二七八万円とされている。

(三)  右各認定した事実からして考えてみるに、脇本金属工業の中国サビリア及び藤田耕三郎に対する前記出納帳記載の小切手金一二三〇万円の支払いが、仮装経理なのか、貸付金その他の真の支払いなのか証拠上必らずしも明らかでないが、特に中国サビリアの関係については、原告の営業上の支出でないのは明らかであるうえ、祐之介が中国サビリアの代表者をしていることなどからすると、右金員の支払いに多大の疑念を生じ、祐之介が右金員を横領した疑いも否定しがたい。

ただしかし、証人脇本常登の証言及び原告本人尋問の結果によると、脇本金属工業も、たしかに原告が事業主で祐之介が従業員ということではあるが、右開業の経過からみると、原告が技術を、祐之介が経理を各担当し、脇本常登が資金を提供するなどにより右原告らが実質的には共同で経営するような性格も全くは否定し切れない状況であつたことがうかがわれ、原告と祐之介が兄弟であり、原告は祐之介に経理による金銭関係の処理をほぼすべて任せていたなどの諸事情からみると、原告と祐之介との間には特殊な事情の介在も予想されなくもなく、右横領の断定にはなお問題がないともいえない。

4  そこで、更に進んで、前記原告主張の金員につき仮に祐之介の横領の事実(特に仮装貸付による横領と主張する一二三〇万円)が認められるとしても、右横領に伴う原告の祐之介に対する損害賠償請求権が、昭和五四年末の段階で果たして回収不能つまり貸倒れの状態にあつたか否かについて、以下検討してみることとする。

一般に債権の回収不能とは、債務者の資産・負債の状況のほか生活状況、素質、能力、年令その他諸般の状況に照らし、社会観念上、債権の回収が不能となつたような場合を意味するものと解され、前記横領による損失は、右状態に至つたときの属する年度の損失(必要経費)として確定するものと解される。

そこで、これらの点につき以下更に原告の主張事実等に従い検討してみる。

(一)  原告は、祐之介には昭和五四年末当時、請求原因3(二)(1)の①ないし⑧記載のような負債があつたと主張する。

(1) まず、右同①(呉信黒瀬支店から昭和五二年七月一九日借入れたと原告が主張する一五〇〇万円)についてみるに、〈証拠〉によると、祐之介に右借入金があるが、その昭和五四年末の残高は一三七三万五九二四円であることが認められ、これに反する証拠はない。

なお、〈証拠〉によると、祐之介には右のほか、呉信黒瀬支店からの昭和五二年一一月一一日の二〇〇万円、昭和五四年九月二八日の三五万円の各借入れがあり、これらの昭和五四年末の時点におけるそれぞれの残高は七五万円、三五万円であることが認められ、これに反する証拠はない。

右負債合計は一四八三万五九二四円となる。

(2) 次に、同②(国民金融公庫から昭和五四年二月二八日借入れたと原告が主張する五〇〇万円)についてみるに、〈証拠〉によると、国民金融公庫は、昭和五七年に原告及び祐之介外一名を被告として、原告に対し祐之介外一名を連帯保証人として昭和五四年二月二八日貸与した五〇〇万円の残金三七〇万円及びこれに対する昭和五五年五月一日から支払ずみに至るまで年一四・五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めて広島地方裁判所呉支部に訴を提起(同裁判所昭和五七年(ワ)第五三号貸金請求事件)したが、この事件については、昭和五八年九月二七日、原告も表見代理の規定により祐之介と連帯して三七〇万円及び右遅延損害金の一部を支払うべき旨の判決がなされていること、右借入金の昭和五四年末の残高は四一〇万円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

右によると、右借入金の昭和五四年末の残高四一〇万円は原告の債務であり、祐之介はその保証人にすぎないといえる。ただ、右判決によると原告の責任は祐之介の無権代理に起因するものとみられ、右借入金の使途によつては祐之介は原告に対し右損害賠償債務を負担することにもなるが、この関係は証拠上十分明らかではない。

(3) 次に、同③(信用組合広島商銀から昭和五四年七月一六日に借入れたと原告が主張する一八〇〇万円)、同⑦(国民金融公庫広島支店から昭和五三年一〇月六日に借入れたと原告が主張する五〇〇万円)、同⑧(信用組合広島商銀呉支店から昭和五四年一〇月一五日に借入れたと原告が主張する五〇〇万円)についてみるに、前記認定事実及び〈証拠〉によれば、当時脇本金属工業の銀行借入れ手続一切を任されていた祐之介において、原告名義で原告主張の右③、⑦、⑧の借入れをしていること、右③の借入れは、昭和五四年九月七日からの各月元金均等の分割払いの定めであつたが、昭和五四年一二月末の残額は一六八〇万円であり、その後も、祐之介が行方不明となつた昭和五五年五月一〇日ころの直前の五月七日まで各月分の返済がなされ、同人失踪後も同年六月七日、七月七日、九月三〇日、昭和五七年七月三一日にそれぞれ右返済がなされていること、右⑦の借入れも、各月均等払いの定めであつたが、昭和五五年三月六日まで右返済がなされ、昭和五四年一二月末の残額が三一五万円であること、右⑧の借入れについては、昭和五五年三月三一日から同年九月三〇日の間に信用組合広島商銀呉支店の原告名義の定期預金と全額相殺処理されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(4) 次に、同④(日本債券信用銀行から昭和五四年七月三〇日に借入れたと原告が主張する二〇〇〇万円)、同⑤(同行から昭和五四年九月六日に借入れたと原告が主張する六〇〇〇万円)についてみるに、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ア) 日本債券信用銀行広島支店からいずれも原告名義で昭和五四年七月三一日二〇〇〇万円同年九月一二日六〇〇〇万円の各借入れがなされ、いずれも右各同日に原告名義の同支店の普通預金口座に入金されている。

(イ) 右④の二〇〇〇万円については、前認定のとおりその借入れ同日中国サビリアの関係で一八〇〇万円が引出されている。

(ウ) 右⑤の六〇〇〇万円については、右借入れ同日二五〇〇万円と八三四万円の計三三三四万円が引出されているが、その支払関係は次のとおりである。

(エ) まず、右引出された二五〇〇万円は、同日、呉信黒瀬支店の原告名義の当座預金口座へ振込み入金された後同日、同口座の他の残と併せ二六〇九万六一二六円が原告名義の小切手で引出され、左記(ないし)の原告名義の借入金の返済に充てられた。

原告が昭和五三年七月一〇日祐之介と共有名義で大林盛人から代金二四一万六五五〇円で買受けた土地代の支払いに充てるため原告名義で右同日呉信黒瀬支店から証書貸付の方法により融資を受けていた二五〇万円の残債務金一八四万六五五四円。

昭和五三年八月八日に同黒瀬支店から原告名義で証書貸付の方法で融資を受けていた二〇〇万円の残債務金一三九万五七六二円。

昭和五四年六月三〇日に同黒瀬支店から原告名義で手形貸付の方法により融資を受けていた二〇〇〇万円の残債務金一九八九万九一七九円。

昭和五四年八月三日に同黒瀬支店から原告名義で手形貸付の方法により融資を受けていた三〇〇万円の残債務金二九五万四六三一円。

(オ) 次に、昭和五四年九月一二日に引出された前記八三四万円は、同日、広島相互銀行西条支店の原告名義の当座預金口座へ振込まれた後、同日、引出されて、原告名義で昭和五三年一一月一日同西条支店から借受けていた一〇〇〇万円の残額八三四万円の支払いに充てた。

(5) 同⑥(昭和五四年八月ころ、訴外山木盛親との売買契約により負担したと原告が主張する四〇〇〇万円の債務)についてみるに、〈証拠〉によると、山木盛親は祐之介の経営していた中国サビリアとの関係で取引があつた者で、同人は昭和五四年八月二日付の売買契約に基づき四〇〇〇万円の債権を有し、昭和五四年末現在その債務は全く返済されていないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(6) なお、原告は、前記日本債券信用銀行その他からの原告名義の多額の借入金につき、これらは祐之介が勝手に原告の名義を使用して借りた祐之介の債務であつて原告の債務ではない旨主張しているので、当時の脇本金属工業の資金繰りの状況について検討してみるに、〈証拠〉によると、原告が青色申告書の提出承認を受けた開業翌々年の昭和四六年一二月三一日現在の金額が繰越された同四七年一月一日期首現在の資産・負債等の状況を基として、借入金残高を除いて本件において争いのない昭和五三年一二月三一日現在の資産・負債等と比較することにより、右七年間における原告の事業活動の状況を、原告が提出した昭和四七ないし五三年分の青色決算書に基づき作成すると、別表(四)のとおりとなることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右別表(四)によると、右七年間における生活費その他事業用資産以外の資産の取得費等に充てられたいわゆる事業主貸が事業所得の金額、受取配当金等の事業外利益の金額を八四五万二五四九円も越えていること、右期間における原告の事業用資産の増加額が二八三〇万三一一〇円であること、これらの合計は三六七五万五六五九円となるが、これから、支払勘定(支払手形勘定、買掛金勘定)の増加額合計五九〇万四八四五円を事業資金の流出金額の調整項目として仮に減算しても、なお約三一〇〇万円となり、同金額の資金不足を生じ、これは借入金(他人資本)に依拠せざるを得なかつたのであろうと推知される。そして、前掲乙第六号証によりうかがわれる昭和五三年一二月三一日現在の青色決算書記載の借入金残高四四七四万八〇〇〇円と対比した場合、同金額が事業主たる原告の借入金としても必ずしも不合理とはみられない資金状況であつたと認められなくもない。

(7) そこで右各認定した事実に基づき考えてみるに、昭和五四年末現在において、原告主張の前記①の借入金債務(呉信黒瀬支店)の残高一三七三万五九二四円、同②の連帯保証債務(国民金融公庫)の残高四一〇万円、同⑥の売買代金債務(山木盛親)四〇〇〇万円の外、呉信黒瀬支店に対する前記二〇〇万円と三五万円の残債務金合計一一〇万円、以上合計五八九三万五九二四円は祐之介の債務と認めることができるが、それ以外の前記原告主張の債務については、祐之介の債務とはにわかに認めがたく、むしろ原告の債務であると推知される。

(8) さらに、〈証拠〉によれば、祐之介は、昭和五四年末当時、黒瀬町に対して五三年度国民健康保険税一四万三九三〇円、五三年度町県民税(五〇年分修正)二九万八九四〇円、五三年度町県民税(五一年分修正)六六万四八九〇円、五四年度国民健康保険税四万九四九〇円、以上合計一一五万七二五〇円を負担(滞納)していたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(9) そして、また、〈証拠〉によれば、祐之介は、昭和五四年末当時、訴外湯浅石油店こと湯浅美代子に対して燃料代七万一二三六円、訴外山電株式会社に対して冷蔵庫、洗濯機の売買代金四万円を負担し、その支払を遅延していたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(10) 以上各認定説示したところからすると、祐之介は、昭和五四年末当時、少なくとも合計六〇二〇万四四一〇円の債務を負担していたことが認められる。

(二)  次に、祐之介の資産の点について原告の主張(請求原因3(二)(2))に従つて以下検討してみる。

〈証拠〉によると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 祐之介は、昭和五四年末当時、右請求原因3(二)(2)の①ないし④記載の土地三筆、家屋一棟を所有していた(但し右①記載の土地は原告と祐之介との共有であり、共有持分は各々二分の一)。

(2) 右②ないし④記載の不動産は昭和五六年六月四日広島地方裁判所呉支部において競売開始決定があり、昭和五七年五月二八日競落されたが、その売却代金は合計二五六五万円であつた。

(3) 右①ないし④記載の不動産の昭和五四年末当時の価額は約三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円であつた。

(三)  そこで更に、祐之介のその余の諸事情等について以下検討してみる。

(1) 〈証拠〉によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(ア) 祐之介(昭和五四年当時五〇才)は、昭和五三年終りころ、宝石貴金属業「中国サビリア」を設立し、広島市内千田町に一階店舗、二階事務所を設け、従業員五人で営業し、祐之介が行方不明となつた昭和五五年五月ころまでその営業を継続した。

(イ) 中国サビリアは、昭和五四年二月一九日夕方から二〇日朝までの間、同社の事務所金庫から八〇〇〇万円相当の宝石類が盗まれるという事故があつたが、保険が掛けてあつたので祐之介に実害は発生しなかつた。

(ウ) 祐之介は、右中国サビリアの外、脇本金属工業の経理事務に従事(一日一時間程度)していたが、昭和五四年分右給与として合計三六〇万円(月三〇万円)の支給を受けている。

(エ) 原告は、昭和五四年一〇月、名古屋にある東海プレス株式会社から予定の入金がなかつたため同社に問い合わせてみたところ、すでに祐之介に渡したとの返答を受けたので、疑いを抱き昭和五四年一一月五日原告所有の広島県賀茂郡黒瀬町大字宗近柳国字下モ原一二四番の一宅地二八七八平方メートルの登記簿謄本を取寄せたが、これにより、右土地には日本債券信用銀行に対して昭和五四年七月三〇日債権額二〇〇〇万円の抵当権が、昭和五四年九月六日債権額八〇〇〇万円の抵当権がそれぞれ設定されていることを知り、祐之介を追及した。その後、原告の一家において昭和五四年一一月から一二月ころに何回か家族会議が開かれ、日本債券信用銀行からの借入金八〇〇〇万円の使途について祐之介を問い正したところ、同人は銀行からの借入金の返済に使用した外、訴外藤井重子へ三〇〇〇万円か四〇〇〇万万円貸し付けた等弁解し、藤井重子の念書を差出したが、原告はその受取りを拒否し、祐之介も返すから待つてくれというので、右金員を支払つてもらえるかもしれないと思つて越年し、昭和五五年二月ころまでそのままにしていた。

(オ) 祐之介は、昭和五五年中に、自己の呉信用金庫黒瀬支店からの借入金三口について元金五九万八三八三円、利息三三万二五〇二円を返済している。

(カ) 祐之介は、昭和五五年五月一〇日ころ所在不明となり、原告は、同年七月一六日、西条警察署に対して、祐之介を業務上横領罪で告訴した。

(四)  以上各認定説示したところに基づいて前記横領に基づく損害賠償請求権の昭和五四年末当時における回収不能の有無についてみるに、たしかに、祐之介は、昭和五四年末当時、前記認定の資産・負債状況からすると、三〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円の債務超過の状態にあったことが認められるうえ、黒瀬町に対し昭和五三年度国民健康保険税、同町県民税、昭和五四年度国民健康保険税等を滞納し、その他燃料代、電機製品の未払等もあつたことが認められる。

しかし、他方、祐之介は、昭和五五年五月ころまで、中国サビリアの営業を継続しており、昭和五五年中にも自己の借入金の返済もしており、その他、仮に祐之介に横領した事実があるとしたら原告が祐之介を追及した際祐之介が原告らに述べたとされるように藤井重子らに貸与したものとみられるところ、原告は昭和五四年一一月か一二月ころ祐之介から三〇〇〇万円か四〇〇〇万円を藤井重子に貸与したと弁明され、その念書まで差出されたというのに、これを放置したままで何ら債権回取のための措置もとらないで経過し、脇本金属工業の経理事務もなお引続き祐之介に担当させていること、そして祐之介が所在不明となつたのは昭和五五年五月一〇日ころであること等前認定の諸事情に照らした場合、昭和五四年末当時においては、なお、社会観念上祐之介に対する前記損害賠償請求権の回収が不能となつたものとは認めがたいものといわざるを得ない。

そうすると、原告主張の前記横領による損失につき、仮に横領の事実が認められるとしても、少なくとも右損失は昭和五四年中に確定した損失(必要経費)とは認められないこととなり、したがつて、右横領金額を昭和五四年中の必要経費に算入すべき旨の原告の主張は理由がないこととなる。

なお、原告は、右損失につき雑損控除(所得税法七二条)の対象として控除すべき旨主張しているか、右損失は事業における必要経費としての損失(同法五一条二項)であつて右雑損控除の対象にはならないものと解されるうえ、仮に右対象になるとしても、右対象としての損失についても、昭和五四年中に確定したものに限ると解され、したがつていずれにしても右雑損控除の主張も理由がない。

(五)  よつて、本件処分の違法性に関する原告の主張はすべて理由がないこととなる。

三以上によると、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官平 弘行 裁判官窪木 稔 裁判長裁判官渡辺伸平は転補につき署名押印することができない。裁判官平 弘行)

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